ITmedia で「人とロボットの秘密」という連載が始まった。
まだ前書きの段階だが、ダヴィンチに関する解釈など早速興味深い内容だった。
ダヴィンチが自ら人体解剖を行っていたことについては有名な話だが、なぜ子宮や胎児の解剖まで行っていたのかこれで理解できた。
絵を描くという行為も自然科学と同様に、造物主である神のメッセージを理解することであり、人間を描くにはその全ての仕組みを明らかにしなければならないと考えていたようである。
彼が書き残したテキストでは、腕を描くのならば骨を知り、筋肉を知り、それらの結合と分岐を知る必要がある。そして人の形を知るためには子宮や胎児、どのようにして人間がこの世に宿るかというところから、理解する必要があると記され、そして次のような言葉が語られている。
われわれの造物主は、私がその形態を描くという方法で人間の性質、さらに進んでその風習も明らかならしめることを嘉し給うに違いない。(杉浦明平訳)
また、心と体に関する最近の日本人研究者の仮説についても面白い。
たとえば、知能とは実体ではなく、コミュニケーションが行われている際に観察される「現象」であるという指摘。
あるいは人間の意識は実はなにも決めていない。実は意識とは「結果」なのであるという意識のモデル。
あるいは機械の中に、生物のDNAに相当するものを持たせようとする設計論。
あるいは人間の情動を微分で記述してしまう方程式など。
今回のタイトルは手塚治虫の言葉の引用であるが、これについても知らなかった。
押井守の「イノセンス」やロボット観は そういう大きな下地の上に再構成されている。
自らの再構成を模索することは、結局人間とは物質に還元されるロボットなのか。
あるいは「神」という超物質的な存在なのかを見極めたいということなのだろう。
これで物質に還元され再生産、あるいは大量生産できるという結論に至った場合はどうなるのか?
少なくとも「人の命は地球より重い」などと発言する人は確実にいなくなるだろう。
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